第8章:Source Engineの物理演算システム詳細解説
物理演算の基盤技術
Garry’s Modの核となるSource Engineの物理演算システムは、Havok Physics Engineをベースに開発された高度なシミュレーションシステムです。このシステムは「VPhysics」と呼ばれ、ゲーム内のオブジェクトの物理的な挙動を現実世界に近い形でシミュレートします。
VPhysicsとQPhysicsの二重構造
Source Engineは実は2つの物理演算システムを併用しています:
- VPhysics(Valve Physics):
- Havok Physics Engineから派生した高度な物理シミュレーションシステム
- 剛体(Rigid Body)や変形可能物体(Deformable Body)の挙動を詳細に計算
- 物体の質量、慣性、摩擦、弾性などの物理特性を考慮
- 物体同士の衝突や相互作用を精密に処理
- QPhysics(Quake Physics):
- より単純な物理計算システム(名前はQuakeエンジンに由来)
- プレイヤーやNPCのHull(衝突判定用の単純な形状)の移動に使用
- 一部の投射物や動くブラシエンティティ(ドアなど)にも使用
- 計算負荷が低く、高速な処理が可能
この二重構造により、計算負荷の高い詳細な物理シミュレーションと、ゲームプレイに必要な高速な物理計算を両立させています。
物理オブジェクトの種類と挙動
Source Engineでは、物理オブジェクトは以下の4種類に分類されます:
1. パーティクルシミュレーションオブジェクト
- 煙、火、爆発などのエフェクト
- 物理的な衝突判定を持たない(非Solid)
- スクリプトによる動きの制御が中心
2. レイシミュレーションオブジェクト
- 銃弾などの高速で小さな物体
- 無限の速度を持つ直線として計算(レイトレース)
- 物体に当たるまでは物理的な実体を持たない
- 視線判定(LOS)や弾道計算に使用
3. Hullシミュレーションオブジェクト
- プレイヤーやNPCなどの移動するキャラクター
- 単純な衝突ボックスを持つ
- AIや入力によって制御され、QPhysicsによる衝突判定と重力の影響を受ける
4. VPhysicsシミュレーションオブジェクト
- 剛体(Rigid Body):変形しない単一の物体
- 位置(origin)と向き(angles)の両方が物理演算の影響を受ける
- 衝突モデルを必要とする
- 凹型剛体(Concave Rigid Body):
- 複数の凸型物体(physbox)を剛性制約で結合したもの
- 破壊不可能な複雑な形状の物体を表現
- 変形可能物体(Deformable Body):
- 剛体の集合体を制約で結合したもの
- ラグドール:関節による柔軟な制約を持ち、外力による関節の動きを許容
- 破壊可能オブジェクト:ヘルスポイントによる剛性制約を持ち、ダメージで破壊される
物理演算の基本概念
線形運動(Linear Motion)
- オブジェクトの位置(origin)の変化
- プッシュ(Push):物体間の距離を増加させる力(衝突、爆発、風など)
- プル(Pull):物体間の距離を減少させる力(制約、重力、Gravity Gunの引き寄せなど)
角運動(Angular Motion)
- オブジェクトの向き(angles)の変化
- トルク(Torque):物体を回転させる力
- 質量中心を軸とした回転運動
物理特性
- 質量(Mass):加速に対する抵抗(慣性質量)
- 静的オブジェクト(Static):無限の慣性質量を持ち、物理演算の影響を受けない
- 固体性(Solidity):他の固体オブジェクトの動きをブロックする性質
- 体積(Volume):衝突モデルによって定義される
- 速度(Velocity):方向と大きさを持つベクトル量
環境要因
- 重力(Gravity):32 ft/sec²(約9.8 m/s²)の加速度でオブジェクトを引き下げる
- 空気抵抗(Air Resistance):空気中を移動する物体を減速させる
- 水抵抗(Water Resistance):水中を移動する物体を減速させる(空気の約50-100倍の粘性)
- 表面摩擦(Surface Friction):接触面間の摩擦係数と垂直圧力に依存
Garry’s Modにおける物理演算の拡張
Garry’s Modは、Source Engineの物理演算システムを最大限に活用し、さらに独自の拡張を加えています:
Physics Gun
- 物理オブジェクトを自由に操作するための専用ツール
- 物体の位置と回転を精密に制御可能
- 物体を空中に固定する機能
Tool Gun
- 物理オブジェクト間の関係を定義するための多機能ツール
- 溶接、ロープ、車輪、油圧、モーターなどの制約を作成
- 物理特性の調整(質量、材質、摩擦など)
Advanced Duplicator
- 複雑な物理構造を保存・複製するツール
- 物理制約を含めた完全な構造の保存
- 大規模な機械や建築物の共有を可能に
Wire Mod
- 物理オブジェクトに電子的な制御機能を追加
- センサー、入力デバイス、処理装置、出力デバイスなどのコンポーネント
- プログラム可能な制御システムによる高度な機械の構築
物理演算の技術的制限と最適化
計算負荷の問題
- 物理シミュレーションは非常に計算負荷が高い
- 多数の物理オブジェクトが存在すると、パフォーマンスが急激に低下する
- 特に多数の制約(ジョイント)を持つ複雑な構造は負荷が大きい
最適化テクニック
- 静的オブジェクト:動かない物体は静的(Static)に設定し、物理計算から除外
- スリープ状態:動きのない物体は「スリープ」状態になり、計算を省略
- 物理LOD:遠くの物体は簡略化された物理モデルを使用
- 制約の最適化:必要最小限の制約で構造を設計
物理演算の不安定性
- 高速な衝突や複雑な制約構造で不安定になることがある
- 極端な力や速度は予期せぬ挙動を引き起こす可能性がある
- 「物理爆発」:物理計算が破綻し、オブジェクトが異常な挙動を示す現象
物理演算の応用例
車両シミュレーション
- 車輪、サスペンション、エンジン、ステアリングなどの物理的な挙動
- 異なる地形や表面での摩擦と牽引力のシミュレーション
- 衝突時の車体の変形や破損
建築と構造物
- 重力と材料強度を考慮した建築物の構築
- アーチ、橋、タワーなどの構造力学の実験
- 崩壊シミュレーションと破壊物理学
機械と装置
- 歯車、レバー、滑車などの機械要素の相互作用
- 油圧システム、空気圧システム、電気機械システムの構築
- ルーブ・ゴールドバーグ装置(連鎖反応装置)の作成
特殊効果
- 爆発による破片の飛散
- 布や液体のシミュレーション(制限付き)
- ロープや鎖の物理的な動き
最新の物理演算技術動向
Source 2エンジンの物理演算
- より高精度な衝突検出
- マルチスレッド物理演算による処理速度の向上
- より複雑な変形可能物体のサポート
物理演算の将来
- GPUを活用した並列物理計算
- 機械学習による物理シミュレーションの最適化
- より高度な流体力学と柔軟体シミュレーション
まとめ
Source Engineの物理演算システムは、Garry’s Modの中核となる機能であり、プレイヤーの創造性を解き放つ重要な要素です。VPhysicsとQPhysicsの二重構造、様々な種類の物理オブジェクト、そして基本的な物理法則の実装により、現実世界に近い物理挙動と、ゲームプレイに最適化されたパフォーマンスの両立を実現しています。
Garry’s Modはこの物理演算システムを最大限に活用し、プレイヤーが自由に物理世界を操作・実験できる環境を提供しています。物理演算の理解を深めることで、より複雑で興味深い創造物を構築することが可能になるでしょう。
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